トップページ      メッセージ      日々  綴り      愛 ことば  。 o     * コレ ク  *     m' y  h * m ε     好き な      けい. し゛は ゛ん     watashi no       扉


  * 風味絶佳 絶頂と奈落 *  ←  ↑  →

















神様に  命を 預けて その先を

宝籤のように  うらなって も ら う











いや ぢつは  預けざるを 得ないのが

運命の 定義で あったり する















あづけないで  平穏な 毎日を

過ごしている と 思っているひと も いる













預ける事で 生死の 狭間を

さまよい あるいて 答えを だす



















生きる事に シュガー & スパイス

求める人は  とくに ね 。














自分の さじ加減ひとつで 生死

どちらにも 転べる 場所に いたり
















とっさの 判断で  明暗を 分けるのも

ぢつは  試された 後の 単なる 結 果



















身近なひとが 銃に 倒れても

自分だけが 生き残っているのも
















四方が 見えない ホワイトアウトの

富士山の なかで 生還するのも



















津波の 激流のなか  人が 飛んで いても

なぜか  巻き込まれないで いる


















そんな ひとが  生きている 理由 。

いくら 考えても  わからない 。














単に 神様のさじ加減の 結果 だ ろう 。





























 




 

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ゆい

もともと すべて 神さまのものだと思っているから
いくら考えても分からないことは 神さまにお任せするの。

涙そうそう の おばあ も 言ってたね。
いろーんな寿命 が ある さぁー って。

分からないことに hitした ytweさんは
天使の 羽根に ふれたラッキーなひと。

その ひかり だいじにしてね・゜:*:゜


そうぃぇば 、 なだそう の おばあも
そんな事 、 言ってたね 。 うん 。

天使の 羽根に ふれたのかな ?

ふれたなら 、
その羽根の先には
毒は  塗ってなかった の だね   ふふ(´ω`)

東日本震災で 93歳の おばあちゃんが
この先の 人生に ひかり が
見えなくて  自ら 命を
自宅の 庭先で 絶ったのは
なんだったんだろう 。

避難場所から 戻って
家族とも 一緒に 暮らせるように
なったけど それでも
93歳にして 自らの 道が
見えなくなったのは
なんだったのだろう 。



以下が 遺書です。

毎日 原発のニュース 見ていると
いつ よくなるかわからないやうだ
また 避難するやうになったら
毎日 原発のことばかりで
生きたここちが しません
こうするより しかたありません
さようなら 私はお墓にひなんします
ごめんなさい





あと、数年 生きたら
人生を まっとうしたね *
な はず なのに 。


もし、 生まれ育った場所から
離れて 、 その避難場所が
西日本の のんびりした
片田舎だったら 、
そして、そこで 家族と
ゆるく 生活できていたら
また なにか 違っていたのかも 。

93歳という 大先輩が
なやみ くるしんだ んだなぁ - ∞ ;
ゆい

くるしくて、せつなかっただろうと思う。
いのちの尊さを何度も感じてきたであろう
ご自分の人生を
そういうかたちで締めくくらなければ
ならなかったこと。

考えても分からない。

なぜ このおばあさまは 福島にいて
わたしは 東京にいて
おばあさまは 被災され、
自らいのちをたつほどの苦しみを味わい
私は こうして それを
ただ 聞いているだけの場所にいるのか。

生者と 死者の 境目は いったいどこなのか。



なぜ こどもたちが こんなに
悲しまなければならないのですか?
という日本の少女からの質問に
答えはないかもしれませんが、
大切なのは神さまがあなたのそばいにいることです
ってローマ教皇がライブで答えてた よね。
教皇に分からないことは
私になんか 到底 分からないこと。

でも、できることはきっと ある。

まわりにいる人に笑顔をあげること
今あるいのちと向き合い、感謝すること
今ある自然を慈しみ 愛でること
祈ること

痛いけど、辛いけど
悲しんでいてばかりでは いけない。

笑顔でいられる人は 笑顔でいなければ
いけない。

しあわせひとつ 私にとどいたら
それを
考えても分からないところに
目を閉じて届けてる。

その光は 暗闇のどこかに
きっと届いていると思うから。


きっと 歩いて 生きるって
全天候型の お化け屋敷 。

お化け屋敷だけど
オバケは いたり いなかったり 。

全天候型 って いうのは
時には、壁が 消え去って
花畑になったり 、
そんな 感じ 。

だけど、大変な事件が 起きると 、、

今まで、なかった壁が
迫り寄り、ほんとうに
お化け屋敷の通路のようになり
おどろおどろしい音が 聞こえたり
何者かが いるような 圧迫感を 感じたり
まっくらで なにも みえなくて
それでもって、行き止まりのあげく
オバケが でてきたり $*'★+,

それが、本当のお化け屋敷なら
脱出出口が あったりして
逃避が できるけど 、

現実は、立ち止まって くるしむか
それか あばれるか 、それか 、、 ...∞ ;

きっと 行き止まりが 永遠に
続くと 考えて 絶望が 覆うのだろう 。

うん。 大変なこと 。
謝謝

 謝謝
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